どうも。ノブコフです。

これから、アメリカでの生活について、伝えていこうと思いますが、まずはきっかけから書こうと思います。

大学生の時のアメリカ旅行

15年も前のことですが、2006年に大学を入学したころの僕は、漠然とアメリカに憧れを抱いていました。将来は海外をまたにかける仕事をしたいと憧れだけがあって、海外に夢見る青臭い若者でした。そんな大学生という時間に余裕がある環境の中で、アメリカに二回旅行で訪れます。あくまで二回とも旅行で、ただの観光です。

アメリカのことを意識した瞬間など、それくらいで、英語もろくに喋れず、なかなかコミュニケーションも取れないかったのですが、お恥ずかしい話、それなりにはできてるだろうと勝手に過信し、それ以上努力、検討することなく、大学生活を終えました。

就職‐某重工業メーカーで資材調達に従事する。

僕が会社に入った2010年というのは、就職氷河期のころです。リーマンショックの影響をもろにうけ、海外勤務の多い商社、自動車メーカーなども受けましたが、まったく受からず。焦りの中、拾っていただいた(内定を出していただいた)某重工業メーカーに就職することになります。

重工業メーカーでは、航空機資材調達の仕事に従事することに。韓国のサプライヤーを担当することとなり、急に英語の必要性が増します。英語でのメールのやりとりや会議での協議の中で英語を使うするようになり、そのなかで、海外出向に耐えうるだけの経験、知識を身につけられたと思っています。

また、韓国のサプライヤーの下請けの会社がアメリカにあったりしたので、アメリカも数回出張で行きました。航空機関連ということで、カリフォルニア、ワシントン州が多かったですが、まだまだローカルの方々と互角でやりあうだけの言語力はありません。自分の不出来な部分をまざまざと見せつけられ、交渉力、英語力をもっと伸ばさねばなと感じることが多くありました。

海外出向:アメリカ中西部へ。

重工業メーカーで資材調達を担当していましたが、入社6年目に転機が訪れました。アメリカ中西部にあった重工業メーカーの子会社で、新規部門の立ち上げがあり、その資材調達担当として赴任することになったのです。もともと、海外駐在希望は出していたので、僕としても願ったりかなったりということで二つ返事で快諾しました。

駐在の打診があったのが2016年春頃、実際の赴任が11月ごろでしたので、半年くらい時間の余裕があって、赴任することになりました。

出向準備

さて、その半年の期間で何をやったかですが、半年あれば時間ありそうなものですが、意外と忙しく、

日本の生活の後始末(持ち家、車、保険etc)

アメリカでの生活立ち上げ準備

仕事(駐在準備していても、仕事は降ってくるので。。)

などであっという間に時間が過ぎていきました。いつか、このあたりの出向準備についても記事を書いていけたらいいなと思います。

2016年11月渡米

そして、2016年11月に、妻と二人で渡米しました。そこから、僕たち夫婦のアメリカ生活が始まったわけです。

アメリカ中西部での生活は、2016年11月‐2021年5月まで続きました。今(2021年9月現在)は転職して東海岸に移住しましたが、その中西部での経験は僕たちにとってかけがえのないものであり、僕たちの人生を大きく変えることになりました。次回は、その中西部での経験を少しずつ書いていきたいと思います。